怪しくない、ビジネスプラン

 マッチングビジネスが大流行である。結婚相手を見つけるためのマッチングサービスや求人紹介、売りたい買いたい人たちをつなげるアプリもある。さて、海洋観測でもこんなマッチングビジネスができないか、というお話しだ。
 いやなにも、自分で船やドローンや観測装置を用意する必要はない、あなたのご経験とネットワークを生かして、手間をあまりかけずに定期的にお金が入り、しかもそれが海洋科学に役立つとなれば、乗らない手はないのではないか。

「少し出資して、小さな会社を立ち上げ、新しいビジネスを立ち上げませんか? パソコン1台あれば、ご自宅でも始められますよ」

 怪しい。とても怪しい。そんなうまい話があるわけない。

 海洋観測にはお金がかかる。気候変動、地震防災、気象予測、再エネ開発、資源採掘、漁業、海運業とそれぞれが独自のプラットフォームを用意しているが、その維管理持だけでも莫大な労力と資本が必要だ。地震であればS-netやDONETのような海底ケーブルシステム、洋上風力発電であればタワーやブイによる風況・海況観測、漁業であればソナーや魚群探知機といった具合である。しかしこれはいかにも効率が悪い。
 でも、プラットフォームのオーナーが貸しスペースを提供し、利用可能なエリアや時期(時間帯)を明示し、いくらでそれを使わせるかがわかれば、センサーや記録器やサンプラーを装備したいユーザーは多くいるのではないか。独自で用意するには高すぎるプラットフォームのうえにちょっとスペースを借りて観測出来たら、ユーザーは多少のお金を払っても十分元が取れるのではないか。
 逆に、商船、調査船や漁船、ブイやケーブル、洋上風車や漁礁、ROVやAUV、深海採掘機や揚泥機などのプラットフォームの所有者は、小さなスペースを貸すだけでチャリンチャリンとお金がはいってくる。貸す側に痛みはほとんどない。
 インターバルカメラを取り付けるだけでも良い。波高や海色や空模様も、海況や生物分布を知るための重要なデータであろう。センサーやサンプラーの種類は多種多様でカメラ以外にも多くのアイデアがあるはずだ。船舶ならエンジンの冷却水を使えば水温塩分だけでなく海水サンプルもできる。要はサブスク形式のマッチングサービスである。
 巨額の費用を投じて大規模なプラットフォームを整備するより、プラットフォームを提供する事業者とそれを必要とする観測者を結びつける「マッチングサービス型ベンチャー企業」を立ち上げ、海洋における小規模なプラットフォームスペースの貸し借りを促進してはどうだろうか。たとえば船の空きスペースや電力や通信環境に精通した方であれば、顧客開拓にその経験が役立つに違いない。
 サブスクに登録したユーザーは、時期とエリアを指定すると利用可能なプラットフォームを検索できる。貸した側は対価を受け取ると同時にユーザーの評価も行う。口コミの悪いユーザーは淘汰される。もちろん運営会社の監視も重要である。
 まずは知っている仲間のネットワークから始めればよいが、ビジネスが拡大してきたら、プラットフォーマーとの協議や、センサーの故障や電力遮断による観測不具合の処理と保険、敏感なエリアのセキュリティークリアランスなどを手掛けると付加価値がいっそう高まり、客単価も高くできる。センサーの受け取りや代理設置まで行うなら、もちろんそれは追加の有料サービスだ。
 ユーザーは多くの場合、プラットフォームの提供者にもなりうる。互いにセンサーとプラットフォームを貸し借りするネットワークが広がれば、時間と場所と観測装置の仕様を指定すると適切なプラットフォーマーと値段が表示されるアプリを構築するのは原理的には難しくない。
 いずれ研究予算申請書にプラットフォーム借用費用という項目ができ、すべて自前で観測する場合との比較見積もりが要求されるようになるかもしれない。プラットフォーマーと観測者とのつなぎ役を養成すれば、難しいビジネスではないように思う。このようなベンチャー会社をだれか立ち上げてくれないだろうか。

 そして最後に「お客さん。そんな会社をつくったら私を顧問として雇ってくださいね! 給料は売り上げの1%でいいですよ」 やっぱり怪しい?

2026/9/6

水中の、生き物の、音の研究(本の宣伝)

 このホームページのタイトルにある水中生物音響は、とてもニッチな分野だ。全部で6文字もある。水中の生物のしかも音にまつわる研究など、よほどの物好きか暇なひとしかやらないだろう、と私自身も思っていた。
 なにしろお金になりそうな気配がない。音声認識とか騒音制御とか、同じ音に関連する分野でもこちらはスマホや自動車やコンサートホールなど、いろいろ社会に役立ちそうだ。
 ニッチすぎて国内には切磋琢磨できる競争相手がおらず、わりとのほほんと構えているうちに月日が経ってしまった。
 ところがここにきて、にわかにいろいろな問い合わせが増えてきた。海洋開発に伴う生物への騒音影響、生物の声を利用した行動や数や分布の観測、海中での位置計測や通信手段などなど。海洋技術のレベルがあがり、これまで人間の手が届かなかった海洋のエネルギーや資源の開発がはじまっているためだ。社会の需要と期待もこれを後押ししている。
 このページでも少しずつ解説記事を載せていくつもりだが、手っ取り早く概観を知りたいという皆さんには「水中生物音響学: 声で探る行動と生態」という本もあるので、どうぞご覧いただければありがたい。

2026.7.19

音ってなに?

 こうきくとたいていの方は「波?」とちょっと自信なさそうに答えてくれる。

 あまりにも身近で、それがなにかといわれても戸惑うのはあたりまえだ。猫ってなにといわれたようなもので、猫は猫でしょといいたくなる。

 続けて「なんの波だかわかりますか?」

 これにはほとんど反応がない。音の解説を見れば、だいたい上下にゆれる波のイメージで、横軸はたぶん時間だろうと察しはつくが、さて縦軸はなんだろうと困ってしまう。

 正解は「音圧」。なので音は、圧力の時間変動が伝わる現象ということになるけれど、こういう専門用語で煙にまかれるとますますわからなくなりそうだ。そこで、私がヒーローと崇めるスーパー物理学者のリチャード・ファインマンさんに倣って、専門用語や数式をつかわずに音を説明してみたい(ファインマンに並ぼうなんて、草野球選手が大谷翔平選手になりたいというようなもんだ、というご批判は、おっしゃるとおりです)

 手をたたくと音がでる。スピーカーをならせば音が出る。それは手やスピーカーの表面が振動するからだ。振動すると、そこに接している空気が圧縮されたり引き伸ばされたりする。風船でも空気枕でも先をふさいだ注射器でもよい、圧縮すれば反発するし、引き延ばそうとすれば逆に戻される。これが圧力だ。

 でも変だとおもわないだろうか? 圧縮して反発するのはわかるけれど、ひっぱったらなぜ戻されるのか。別に自分の手の甲をだれかが押しているわけでもあるまいし。

 でも実はちゃんと押されている。それは私たちの上にかぶさっている空気の重さだ。もし、一辺1cmの長~い四角の筒があったとしてその先がジェット機の飛ぶ成層圏の上まで届いていたとしよう。そこに入っている空気の重さはちょうど1kg。圧力とは決まった面積にかかる力の大きさのことで、この場合は1弊方センチあたり1kgの圧力である。たった1cm四方に1kgなので、2cm四方ならその4倍の4kg。つまり私たちの頭にはイルカ1頭分くらいの力がかかっている。つぶれてしまわないのは、空気が横からも下からも同じ圧力で押してくれているからだ。卵を超高圧の深海に沈めても割れないのと同じだ。

 ところがゆで卵をたべるときに、卵の一点をコンコンと叩くと音が聞こえるし簡単に割れる。物が叩かれたりこすられたり振動したり爆発したりして、そこだけ圧力が高くなったり低くなったりすれば、音はいつでも出る。空気が圧縮されていれば周りから押している圧力より強いので、空気は一瞬外側に押し出される。でも行き過ぎると逆に後ろの空気が薄くなって圧力が下がってしまう。今度はそこに前後から空気が流れ込む。これを繰り返すと、一回だけ手を叩いたときに生じた圧力の変化が上がったり下がったりを繰り返して、まわりにどんどん伝わる。空気は四方八方から流れ込んだり押し出されたりするので、音も四方八方に広がる。手拍子はあとに続く圧力変化がないのですぐおわるが、スピーカーならずっと振動し続けているので長い音つまり音楽なども再生できる。

 さて、何に対して上がったり下がったりといえば、大気圧というやつである。頭の上にのっかっている空気の重さだ、みなさんも天気予報でしばしば聞いている。「台風11号は、中心気圧975ヘクトパスカルと強い勢力を保ったまま日本の南岸を通過する見込みです」の中心気圧である。通常の気圧は約1000ヘクトパスカル。これが1cm四方に1kgの力がかかっていのと同じ圧力で、それより低ければ空気が流れ込む。台風の中心圧力は低いので、南の暖かい湿った空気がどんどん巻き込まれる。ちなみに「ヘクト」と「パスカル」の解説はまたそのうち。

 これだけわかると、音についていろいろなことが推測できそうだ。たとえば空気がなくても音は伝わるか? 答えはNOだ。そもそもまわりから押してくれる空気の圧力がないので振動しようがない。だから宇宙では音は伝わらない。水の中でも音は伝わるか?は、YESだ。水もほんのわずかだけれど圧縮したりひっぱられたりする。音を遮断するにはどうしたらいい?それには堅い壁で囲えばよい。なぜなら空気がいくら押したり引いたりしてもコンクリートはびくともしないからだ。

 あれ、ずいぶん書いてしまった。ファインマンさんならもっとエレガントに、しかもわかりやすくサクッと説明してくれるのだろうな。長くてごめんなさい。

2026/7/18

海の中の騒音問題

 海の中にも騒音問題があるのをご存じだろうか。実は海の中は意外にうるさい。貨物船や海中工事から発せられる音、洋上風力発電のくい打ちや、資源探査のためのエアガン、計測や通信に使う超音波など、いろいろな人工音が海中にあふれるようになってきた。
 海中での音の利用者としてまっさきに思い浮かぶのがイルカやクジラだろう。ザトウクジラは冬に小笠原や沖縄に集まり、繁殖のために雄が歌を歌う。イルカはエコーロケーションと呼ばれる超音波を用いた探査能力を頻繁に使っている。あまり知られていないがイシモチなどのニベの仲間は、夏の夜になるとゲコゲコとカエルのように大合唱する。人工音が大きくなると繁殖や探索に使われる音が遠くまで届かなくなるだろう。あまり大きな音に晒されれば、内耳の神経細胞が壊されるかもしれない。
 欧州を中心にこうした懸念がもう10年以上まえから議論され、環境アセスメントに取り入れられてきた。日本もおそまきながらではあるが「海中音の計測手法・評価手法に関するガイダンス」が海洋音響学会から発行され、様々な影響要因を含めたより包括的な「洋上風力発電所の環境影響に係る モニタリングガイドライン」が政府により策定されている。いまや洋上風力発電建設では、音響計測は標準的に行われるようになった。
 
 音は見えないし、水中の音は空中に漏れないので、なんだか影響ありそうと思うとトコトン静かにしたくなるが、実際のところそれはあまり効果的でない。二酸化炭素やマイクロプラスチックであればいったん排出されたら地球上に拡散してしまうが、水中音は音源を止めればたちどころになくなるので蓄積せず、総量規制という方法がなじまない。
 たとえば国際海事機関(IMO)では、船舶音をどうやったら低減できるかという議論が続いている。かつては総量規制の考えで、プロペラやエンジンそのものに改良を加え、そもそもの音の大きさを工学的に下げてしまおうという議論が主流であったときいている。しかし、船のプロペラは燃費が最大になるよう慎重に設計されており、静穏化すれば燃費が低下して、運送コストは結局は消費者が払うことになる。また、影響を受ける海洋生物がいない海域、たとえば太平洋の真ん中で生物密度が薄いところでの航行がほとんどであれば、一律に船の騒音を減らしてもあまり意味がない。
 やるなら、船舶音に由来する海中人工音のレベルを地図にして、守らなければならない希少生物や影響を受ける可能性のある水産重要種の分布地図をこれに重ね合わせ、影響が大きな海域を同定して、そこで減速したほうが効果的だ。また生物の分布は季節や一日の時間でも変化するので、場所だけでなく時間で仕分けするのもかなり効果があると思う。影響の元と影響を受ける側をきめこまかく分析し、管理する騒音の海洋「時空間」計画を策定するのがよい。こうした日本の主張にはかなり多くの国々やステークホルダーが賛同してくれるようになってきた。言うのは簡単だが、現在はまだ騒音マップを部分的に作成した段階で、生物分布とあわせた影響感度マップの作成には至っていない。これから取り組まなければならない課題だ。

より詳しく知りたい方はこちらのビデオをどうぞ。解説記事もあります。

2026/7/6

超広範囲の魚群を気象レーダーのように可視化

7月いっぱいかけて、マサチューセッツ工科大学、ノースイースタン大学、長崎大学と共同で超長距離魚群探知実験を行います。半径数十kmの範囲でイワシやサバなどの浮き魚がリアルタイムで可視化できるはず。今回はさらにその魚体長や種類までわかればよいなぁと期待しています。詳細はこちら。

超広範囲の魚群を気象レーダーのように可視化 – Global Research Center (GRC) 早稲田大学 研究活動

超広範囲の魚群を気象レーダーのように可視化 ~日米共同調査チームが長崎沖で次世代魚群探査技術の試験を実施~ 長崎大学海洋未来イノベーション機構の松下吉樹教授、広…

2026/7/2

第8回環太平洋水中音響会議 早稲田大学10月7-9日

第8回環太平洋水中音響会議 The 8th Pacific Rim Underwater Acoustics Conference (PRUAC)は、日本の海洋音響学会が開催する初めての国際研究集会です。10月7日から9日にかけ、東京の早稲田大学で行います。水中音響に関心のあるすべてのみなさまを歓迎します。副題は「水中音響での物理学と生物学の出会い」です。両分野から世界のトップレベルの科学者によるキーノート講演をはじめ、国際的な参加者による多数の講演とポスター発表があります。

本会議では、若手研究者の積極的な参加を奨励するとともに、音響学コミュニティにおける分野横断的な議論の促進を目指しています。環太平洋地域の各国から約100名の参加者を迎える予定です。Scientific Committeeは、本分野を代表する国際的に著名な研究者で構成されています。

第8回PRUACでは、物理音響学および生物音響学に加え、海洋工学と環境保全との調和という重要な課題も取り上げます。太平洋は、エネルギー資源、鉱物資源、食料資源、さらには豊かな遺伝的生物多様性など、多くの恵みをもたらしています。一方で、これらの資源の利用は、騒音をはじめとするさまざまな環境影響を伴います。本会議は、こうした新たな社会的課題について議論するための、時宜を得た国際的な場となるでしょう。

PRUACが東京で開催されるのは今回が初めてです。東京は世界有数の国際都市であり、世界各地から多くの航空便があります。また、安全で快適な都市環境、温かなおもてなし、そして世界的に高く評価される食文化を備え、参加者の皆様を心より歓迎いたします。

皆様の東京へのお越しを心よりお待ちしております。

2026/6/28

Oceanoise Asia 2026 韓国済州島10月11-13日

近年、海洋騒音は世界的にますます重要な環境課題となっています。Oceanoise Asiaは、Dr. Michel Andréが主導する国際会議「Oceanoise Conference」のアジア版として設立された姉妹会議です。

アジアの海域は、世界でも有数の海上交通量を有するとともに、極めて高い生物多様性を誇る地域です。Oceanoise Asiaは、人間活動と海洋生態系の調和を図る「Win-Win」の解決策を見出すため、地域レベルでの連携と協力を推進することを目的としています。

海洋騒音による影響を正しく理解し、その軽減に向けた取り組みを進めるためには、アジアのみならず世界の科学コミュニティが連携して取り組むことが今まさに求められています。

本会議の開催地である済州島は、東アジアの中心に位置するユネスコ世界自然遺産であり、こうした国際会議を開催するのに最適な場所です。

2026/6/28